パラカヌー瀬立モニカ選手の聡明さと芯の強さ  地元・東京で躍進が期待されるメダル候補 

「静」の趣味を持つことで気持ちをコントロールする

東京2020パラリンピックでメダル獲得が期待される瀬立モニカ選手
東京2020パラリンピックでメダル獲得が期待される瀬立モニカ選手東京2020パラリンピックでメダル獲得が期待される瀬立モニカ選手

「競技とは全然関係ないんですけれど、集中力を高めるために習字をやっています」

瀬立モニカ選手はそう言いながら笑顔を見せました。「習字ですか?」と思わず聞き返してしまったのは、パラカヌーと習字がうまく結びつかなかったから。

「カヌーって100パーセントの力を発揮する「動」の競技なのですが、「静」の趣味を持つことで、自分の気持ちをコントロールするようにしているんです。もともと子供のころから習字はやっていました。しばらく遠ざかっていましたが、自分の練習が終わってから週に1回は時間を作って、書道教室に通っています」

瀬立選手は、東京2020パラリンピックのカヌーカヤックL1クラス(距離は200メートル)でメダル獲得が期待される21歳。今年8月にハンガリーで行われた世界大会で5位に入り、すでに東京2020パラリンピックの出場を内定させています。リオデジャネイロ2016パラリンピックにも、競技経験わずか2年ほどで出場し、8位入賞を果たしました。前回大会を経験し、「海外選手と比べて最後まで集中する力が足りないと感じた」と話していたため、「その課題をどう克服するのか?」と聞いたところ、冒頭の答えが返ってきました。

体育の授業でケガをして、車いす生活となったのは高校1年生だった2013年夏。その直後に東京2020大会の開催が決まりました。中学校でカヌー部に所属していたこともあり、1年間のリハビリを経て、2014年7月からパラカヌーを始めました。

「人生が変わった」パラリンピックでの経験

競技を始めてわずか2年でリオデジャネイロ2016パラリンピックに出場
競技を始めてわずか2年でリオデジャネイロ2016パラリンピックに出場競技を始めてわずか2年でリオデジャネイロ2016パラリンピックに出場

瀬立選手はこの競技に出会い、パラリンピックに出場したことで「人生が変わった」と言います。

「障がいを持ったことによって、どうしても自分に自信を持てない部分だったり、引け目を感じていたところはあったんです。でもパラリンピックに出て、他競技の選手や海外の選手と知り合ったことで、「こんなに自信を持って生きていいんだ」と実感しました」

例えば、義足の選手が義足を手に持ちながら、靴の裏にコーヒーを乗せ「ほら、便利でしょ」とおどけたり、車いすの人が視覚障害の選手のガイドを務めたり――。パラリンピックの選手村ではそんな光景が当たり前のように目に飛び込んできたそうです。

「弱いものを強い人が助けるのではなく、誰しも欠けているものがあるので、それをできる人が補うという考え方なんだなと、海外の選手を見て感じました。そういうところで自分の考え方も変わったと思います」

パラリンピックに出場して「人生が変わった」と話す瀬立選手
パラリンピックに出場して「人生が変わった」と話す瀬立選手パラリンピックに出場して「人生が変わった」と話す瀬立選手

競技面の課題も、パラリンピックに出場したことではっきりと認識しました。瀬立選手の強みはスタートからの加速にあり、100メートルまでは海外選手と互角に渡り合えていました。しかし、125メートルからの残り75メートルはスタミナやパワーが足りず、集中力を欠いてしまうそうです。

「リオのときは体や気持ち、技術などあらゆる面で甘い部分がありました。自分の実力を知ったことで、2020年に向けてもう一度しっかり頑張ろうと、闘志に火がつきましたね」

「生きる希望や勇気を与えられる存在になりたい」

瀬立選手が生まれ育った江東区にある海の森水上競技場
瀬立選手が生まれ育った江東区にある海の森水上競技場瀬立選手が生まれ育った江東区にある海の森水上競技場

東京2020パラリンピックのカヌー競技が行われる海の森水上競技場は、瀬立選手が生まれ育った東京都江東区にあります。競技を始めたころから地元では多くのサポートを受けており、普段練習しているときも「モニカちゃん、頑張って」とよく声をかけられると言います。

「リオでも地元の応援はすごくて、地元開催というのは本当にパワーをもらえるんだなと歓声を聞いていて感じました。今回の会場は私が生まれ育った江東区ですし、たくさんの方が応援に来てくれるので、「自分1人で戦っているんじゃないんだ」「これだけ多くの味方がいて、競技ができるんだ」という心強さがあります。それこそ東京2020パラリンピックにおける私の一番の武器なんじゃないかなと思っています」

瀬立選手の言葉には、周囲への感謝と配慮、聡明さを感じさせてくれます。競技を始めた当初から目標にしていた東京2020パラリンピック出場を決め、メダル獲得も現実味を帯びてきました。その間にもさまざまな苦難は経験したでしょうが、それを乗り越える芯の強さもあります。瀬立選手はメダル獲得と同時に、東京2020パラリンピックで成し遂げたいことについてこう答えました。

「私は車いす生活になりましたが、パラカヌーという競技に出会って人生が変わりました。自分が周りの人に対して、生きる希望や勇気を与えられる存在になりたいという気持ちがあって、たくさんの人が暮らしやすい社会になる1つのきっかけに、自分のメダル獲得がなればいいなと思っています」

インタビュー後、「ぜひ応援に来てください」と人懐っこい笑みを浮かべた瀬立選手。そうしたあどけない部分もまた魅力的です。

「生きる希望や勇気を与えられる存在になりたい」と瀬立選手は語ります
「生きる希望や勇気を与えられる存在になりたい」と瀬立選手は語ります「生きる希望や勇気を与えられる存在になりたい」と瀬立選手は語ります

パラカヌー競技について

リオデジャネイロ2016大会からパラリンピックの正式競技となったカヌー。ボートとは異なり、選手は進行方向に向かって座る。1艇に1人が乗り、8艇が一斉にスタート。パドル(櫂)を使って漕ぎ進み、タイムを競う。パラリンピック競技となっているのは障害物のない直線コースで着順を競う個人200メートルスプリントで、リオデジャネイロ2016大会ではカヤック種目が行われた。東京2020大会では、これにヴァー種目(VL)が加わる。カヤック(KL)と(VL)ヴァーは、艇とパドル(櫂)の形状が異なり、漕法も異なってくる。

カヌーのスプリント種目はパドル(櫂)を使ってカヌーを漕ぎ、シンプルに速さを競う水上での短距離競争だ。対象となるのは下半身や体幹に障がいのある選手で、公平な競技を行うため選手は障がいの程度や運動機能によって3つのクラスに分けられる。クラスは重いほうから順に、L1クラス(体幹の機能がなく胴体を動かすことが困難なため、肩と腕の機能だけで漕ぐ選手)、L2クラス(下肢で踏ん張ることが困難だが、胴体と腕を使って漕ぐことができる選手)、L3クラス(脚、胴体、腕を使い、踏ん張ることや腰を使う動作によって艇を操作できる選手)になる。カヤック部門はKL1、KL2、KL3、ヴァー部門はVL1、VL2、VL3と表される。東京2020大会で行われるヴァー部門は、男子ではVL2、VL3のクラス、女子はVL2のクラスである。

競技紹介

会場紹介